K区役所愛情創出室

一路 真実
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 次の日から、誰もいない部屋の中で、膨大な資料の間で電子チップの山と格闘する日々が始まった。取扱注意と書かれたファイルを開くと、愛情創出室の業務内容がびっしり書かれている。
 「三十年前の研究で、既に恋愛能力の欠けた人間が誕生し続けていることが分かっています。人類は生殖機能があっても子孫を残せない生物になってしまいました」
 サチコはまず、電子チップを専用デッキに差し込んだ。液晶画面には、ターゲットの名前や経歴、これまでの恋愛特性や経験などが細かい字で羅列されている。
「まず、ターゲットの個体特性を把握し、目標を定めること」
 データの最後に、赤字で最終恋愛期間まであと二週間と明記されていた。これが目標値であり、この期間までに相手と恋愛状態にさせることが最終目標である。コンピュータが恋愛相手を自動的に弾き出すため、後は人工的にその相手に出会わせるように設定を付与する。コンピュータも、最終的に結婚までいくカップルは予想できない。役所の職員が、うまく婚姻関係を結んで、子どもを増加させるように手助けをするというわけだ。これがサチコの仕事であった。
 突然部屋のドアが開いて、遠藤が入って来た。
「これ、あと三週間のもの」
 両手に抱えられたケースにはどっさりと電子チップが入っていた。
「まだ、二週間のものもこんなにあるのに」
 サチコの隣には同じケースが数箱積み重ねられていた。
「一週間までの分は俺が処理したんだから、これからは君の仕事だよ」
「もし、処理しきれなかったら?」
「処理しきれなかったら、ターゲットが恋愛のチャンスを失う。それだけのことだよ。ただ、市民の恋愛を妨害するのと同時に、その後生まれる子ども数の減少につながる。その経済的損失は測りきれないだろうね。君の失敗が人口の減少をもたらす可能性があるんだ」
「どうして、そんな重要なことを新人の私がするんですか」
サチコが苛立って声を荒げると、遠藤は口元に笑みを浮かべてたしなめた。
「土居さん、今までは誰かに御膳立てされていたことを今度は君がしていくんだ。社会はそういう風に回っているんだよ」
 遠藤が出ていくのを見送ると、サチコは大きくため息をついた。
 全ては画面上での操作で、現実味は全くない。電子チップの情報をひたすらに書き換えていくだけだ。他のデータとの整合性を図ることが一番重要で、書き換える部分を誤れば人々の関係が狂っていく。サチコは一言一句指でなぞりながら確認した。
「坂本伸一と木下瞳を公園で出会わせる、と」
 自分が今までしてきた恋愛も、こうして誰かがチェックし、コンピュータ上で操作されたことだったのかと思うと、これまでの恋愛が突然色あせていくように感じた。
 次の日も、次の日も、連日深夜までサチコは書類と画面のにらめっこを続けていた。毎日のように、サチコが処理したファイルを抱えて遠藤が部屋に入って来る。
「土居さんが処理したこの件だけど」
 目の前にファイルを広げ、遠藤は文字をなぞるように指を這わせた。